☆実は、この作品、存在を知ったのは早朝で、「今日は、仕事を終えて何を見るべぇか?」と、近所の映画館のスケジュールを調べていたら、立川シネマシティで発見されたのでした^^
どんな作品なんだろう・・・、と作品解説を見たら、
私の「生涯ベスト」の一つに数えられる『トト・ザ・ヒーロー』のジャコ・ヴァン・ドルマル監督作品でした。
そして、出演には、私の「生涯ベスト美少女」の一人に数えられる『バロン(テリー・ギリアム監督)』で活躍した「サラ・ポリー」(クリック!)の名がありました(当然、今は中年女性になっている・・・。そして、最近では、サラ・ポーリーと表記されているようですが、私のような昔からのファンは「サラ・ポリー」と言う)。
出勤前で、内容までも確認する暇はなかったのだけど、コメディだろうと思いつつ、仕事を終えたら観に行くことを決めた。
【映画パンフ】トト・ザ・ヒーロー ジャコ・ヴァン・ドルマルクリエーター情報なしmoviestock2
この作品、DVDが出てない!(私、VHS版なら持っている)
バロン デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]クリエーター情報なしソニー・ピクチャーズエンタテインメント
この作品に出てくる少女こそ、私の求める「究極の少女」である。
◇
午後5時で仕事を終え、どう考えても、八王子のみなみ野から、立川駅近くの立川シネマシティ・午後5時50分開映には間に合わないのに、
根性で車を操り、間に合いましたよ^^v
途中、車を飛ばしつつ、腕時計を見つつ、「距離とはなんだろう? 時間とはなんだろう? 精神力とは?」と真剣に考えつつ向かっていたら、
作品が、そのようなテーマを内包していたので、ビックリした^^
◇
傑作でした^^v
私が『トト・ザ・ヒーロー』を優れていると感じたのは、歴史(時間の流れ)と世界(距離的広がり)を一人の男の人生を通し「全体小説」として描き切っていたからだ。
「これは途方もない作品だな」と思い、そして、更に、その作品中に出てくる美少女(サンドリーヌ・ブランク)にノックアウトさせられた。
この美少女には、「シルク」のような繊細さと温かさがあった。
美少女が出てくるだけで、物語には愛が溢れる。
◇
ミスター・ノーバディ ブログ - goo 映画
・・・さて、『ミスター・ノーバディ』であるが、更なるパターンを積み重ねているが、基本的には、20年前の作品のテーマと変わらない。
そのテーマは何かと問われると、正直、困るのだが、西崎プロデューサーみたいな物言いだが「愛」でしかないんだよね。
その「愛」を描くために、『トト・ザ・ヒーロー』では一人の男の人生を追い、
今回の作品では、一人の男の人生の可能性を多重に描いたのだ。
この作品は、人類が死を克服した2092年(この時代の描き方も面白い。火星行きのシークエンスの科学考証もリアルに感じられ、なおかつ斬新だ)、そこで「最後に死ぬ運命を持つ男」として、117歳の主人公の老人がいて、医者やルポライターに思い出(21世紀序盤=つまり現在)を話して聞かせる物語上の体裁を持つ。
だが、その記憶は、多くの矛盾を孕んでいる・・・、並行して幾つもの人生を生き、何度も死に、結婚も三人の女性としている。
主人公が結婚する三人の少女時代^^
簡単に言えば、パソコンのアドベンチャーゲームの動画(ムービー)を、話の辻褄抜き、選択肢抜きで、多くの断片をそれぞれ交互に開陳しているような雰囲気なのである。
それはクライマックスにおいて、謎が1アイディア的なものによることが、解き明かされるのだが、
それまでの「断片の積み重ね」が、脈絡のない並列を超越し、多くの暗示・隠喩、テーマをはらんでいるのが興味深く、整合性などはどうでも良くなってしまっちゃうのだ。
確かに、ナレーションに少年の声が混じり、青年は「ボクは予言者なんだ」と、ちゃんと脚本に混ぜ込んではある。
何度も何度も見なくてはならないのだろうが、正直、私の理解などものともしない豊潤な奥行きがある。
「エントロピーの不可逆性」や「バタフライ効果」「恋愛感情の不思議」「カオス理論」などの理解が難しいのではないよ、「黒白チェックのベストの意味はなんなんだ?」などと言う疑問がふつふつと沸いてくるのだ。
ただ、そこで描かれる多種多様な「愛の形」が、私をひきつけてやまない。
それこそが、この作品のメインだ。
そこでの美術設定と役者の演技が、ひたすらに私を魅了する。
エリース役のサラ・ポーリーは、「死の棘」的に、うつ病奥さんになって主人公を苛む。
アンナと主人公の恋が良かった。
9歳児のアンナ役も、編みこんだ前髪、ぺッタン胸の水着姿、顔のチンクシャ具合と素晴らしいのだが、15歳のアンナ(ジュノー・テンプル)の、やはり、「シルク」のような繊細さと温かさはなんなんだ、素晴らし過ぎる。
チョコレートのような甘さを持つ瞳がある。
主人公とアンナが、お互いに愛を貪るのがよく分かる。
柔らかく温かな肌合い・・・、これが、ジャコ・ヴァン・ドルマルの撮り方なんだろう。
◇
また、この作品に限らないが、この作品で何度も繰り返されるのが、愛する者とのベッドでのひと時だ。
愛し合うこと(セックス)を言っているのではない。
お互いに、お互いの愛する者の存在を確認しつつ、身体の一部を重ねつつ、愛し、だが、孤独を感じると言うシーンが随所にある。
これから見る方は、そのシーンに多くを感じて欲しい。
劇中曲の選曲も耳に懐かしく、子供たちはことごとく美しい。
今年の私のナンバー1になるだろうか?
まだ見ていない『ブルー・バレンタイン』が、やや気になりはするのだが・・・。
なお、この作品、まだまだ書き足りないが、二度か三度見て、もっとちゃんとした感想を書きたいです^^
(2011/04/30)
どんな作品なんだろう・・・、と作品解説を見たら、
私の「生涯ベスト」の一つに数えられる『トト・ザ・ヒーロー』のジャコ・ヴァン・ドルマル監督作品でした。
そして、出演には、私の「生涯ベスト美少女」の一人に数えられる『バロン(テリー・ギリアム監督)』で活躍した「サラ・ポリー」(クリック!)の名がありました(当然、今は中年女性になっている・・・。そして、最近では、サラ・ポーリーと表記されているようですが、私のような昔からのファンは「サラ・ポリー」と言う)。
出勤前で、内容までも確認する暇はなかったのだけど、コメディだろうと思いつつ、仕事を終えたら観に行くことを決めた。
【映画パンフ】トト・ザ・ヒーロー ジャコ・ヴァン・ドルマルクリエーター情報なしmoviestock2
この作品、DVDが出てない!(私、VHS版なら持っている)
バロン デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]クリエーター情報なしソニー・ピクチャーズエンタテインメント
この作品に出てくる少女こそ、私の求める「究極の少女」である。
◇
午後5時で仕事を終え、どう考えても、八王子のみなみ野から、立川駅近くの立川シネマシティ・午後5時50分開映には間に合わないのに、
根性で車を操り、間に合いましたよ^^v
途中、車を飛ばしつつ、腕時計を見つつ、「距離とはなんだろう? 時間とはなんだろう? 精神力とは?」と真剣に考えつつ向かっていたら、
作品が、そのようなテーマを内包していたので、ビックリした^^
◇
傑作でした^^v
私が『トト・ザ・ヒーロー』を優れていると感じたのは、歴史(時間の流れ)と世界(距離的広がり)を一人の男の人生を通し「全体小説」として描き切っていたからだ。
「これは途方もない作品だな」と思い、そして、更に、その作品中に出てくる美少女(サンドリーヌ・ブランク)にノックアウトさせられた。
この美少女には、「シルク」のような繊細さと温かさがあった。
美少女が出てくるだけで、物語には愛が溢れる。
◇
ミスター・ノーバディ ブログ - goo 映画
・・・さて、『ミスター・ノーバディ』であるが、更なるパターンを積み重ねているが、基本的には、20年前の作品のテーマと変わらない。
そのテーマは何かと問われると、正直、困るのだが、西崎プロデューサーみたいな物言いだが「愛」でしかないんだよね。
その「愛」を描くために、『トト・ザ・ヒーロー』では一人の男の人生を追い、
今回の作品では、一人の男の人生の可能性を多重に描いたのだ。
この作品は、人類が死を克服した2092年(この時代の描き方も面白い。火星行きのシークエンスの科学考証もリアルに感じられ、なおかつ斬新だ)、そこで「最後に死ぬ運命を持つ男」として、117歳の主人公の老人がいて、医者やルポライターに思い出(21世紀序盤=つまり現在)を話して聞かせる物語上の体裁を持つ。
だが、その記憶は、多くの矛盾を孕んでいる・・・、並行して幾つもの人生を生き、何度も死に、結婚も三人の女性としている。
主人公が結婚する三人の少女時代^^
簡単に言えば、パソコンのアドベンチャーゲームの動画(ムービー)を、話の辻褄抜き、選択肢抜きで、多くの断片をそれぞれ交互に開陳しているような雰囲気なのである。
それはクライマックスにおいて、謎が1アイディア的なものによることが、解き明かされるのだが、
それまでの「断片の積み重ね」が、脈絡のない並列を超越し、多くの暗示・隠喩、テーマをはらんでいるのが興味深く、整合性などはどうでも良くなってしまっちゃうのだ。
確かに、ナレーションに少年の声が混じり、青年は「ボクは予言者なんだ」と、ちゃんと脚本に混ぜ込んではある。
何度も何度も見なくてはならないのだろうが、正直、私の理解などものともしない豊潤な奥行きがある。
「エントロピーの不可逆性」や「バタフライ効果」「恋愛感情の不思議」「カオス理論」などの理解が難しいのではないよ、「黒白チェックのベストの意味はなんなんだ?」などと言う疑問がふつふつと沸いてくるのだ。
ただ、そこで描かれる多種多様な「愛の形」が、私をひきつけてやまない。
それこそが、この作品のメインだ。
そこでの美術設定と役者の演技が、ひたすらに私を魅了する。
エリース役のサラ・ポーリーは、「死の棘」的に、うつ病奥さんになって主人公を苛む。
アンナと主人公の恋が良かった。
9歳児のアンナ役も、編みこんだ前髪、ぺッタン胸の水着姿、顔のチンクシャ具合と素晴らしいのだが、15歳のアンナ(ジュノー・テンプル)の、やはり、「シルク」のような繊細さと温かさはなんなんだ、素晴らし過ぎる。
チョコレートのような甘さを持つ瞳がある。
主人公とアンナが、お互いに愛を貪るのがよく分かる。
柔らかく温かな肌合い・・・、これが、ジャコ・ヴァン・ドルマルの撮り方なんだろう。
◇
また、この作品に限らないが、この作品で何度も繰り返されるのが、愛する者とのベッドでのひと時だ。
愛し合うこと(セックス)を言っているのではない。
お互いに、お互いの愛する者の存在を確認しつつ、身体の一部を重ねつつ、愛し、だが、孤独を感じると言うシーンが随所にある。
これから見る方は、そのシーンに多くを感じて欲しい。
劇中曲の選曲も耳に懐かしく、子供たちはことごとく美しい。
今年の私のナンバー1になるだろうか?
まだ見ていない『ブルー・バレンタイン』が、やや気になりはするのだが・・・。
なお、この作品、まだまだ書き足りないが、二度か三度見て、もっとちゃんとした感想を書きたいです^^
(2011/04/30)